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2012年4月25日 (水)

第6回 元巨人・篠塚和典さん

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銚子商(千葉) → 巨人 → 巨人コーチ

銚子商業2年生時に春夏と甲子園に三塁手として連続出場。夏の甲子園大会では全国制覇に貢献し、75年のドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。巧みなバットコントロールと華麗な守備で鳴らし、芸術的と言われるプレーでシーズン打率3割以上を5年連続を含め7回記録。81年、わずか1厘差で首位打者のタイトルを逃すも、現役最高の打率を記録し、84年には自身初の首位打者を獲得。87年に2度目の首位打者を獲得し、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献。94年の引退後は、巨人の一軍打撃コーチ、一軍守備走塁コーチ、総合コーチを歴任。06年に再び守備走塁コーチに就任し、07年から10年まで打撃コーチを歴任。また09年WBC日本代表の打撃コーチ兼任、12年には韓国プロ野球・LGツインズの臨時コーチを歴任。現在は、野球解説者として活躍中。

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銚子商業2年生時に春夏連続で甲子園に出場し、夏の甲子園大会では圧倒的な強さで優勝。その後、野球生命が危ぶまれるほどの病気を克服し、長島監督の強い推薦で巨人にドラフト1位で入団。芸術的な流し打ちと広角打法、そして華麗なグラブさばきで多くのファンを魅了し野球選手たちの憧れとなりました。甲子園優勝、巨人時代は2度の首位打者を獲得した篠塚さんの子どもの頃のエピソードとともに、今、野球を頑張る選手たちに向けてお話をいただきました。


野球の街で育った少年時代

Img_shinozuka400300_24歳の頃、兄に連れられ草野球を観に行ったのがきっかけで、野球に興味を持ち始めました。もちろん4歳で大人と一緒に野球はできないので、最初はボール拾いから。この頃、草野球がとても流行っていて、どこの広場に行っても野球をやっているような環境でした。

特に私の育った銚子の街は本当に野球が盛んで、誰しも野球が大好き。ですからこんな環境の中で、野球以外のスポーツをすることは考えられなかったですし、家族でもお父さんお兄さんがやっているから、当然下の子どもたちも野球をするものだと決まっていました。

それから、銚子の魚をたくさん食べて育ったのがよかったのだと思うのですが、骨太な体になりました。そういう銚子の街そのものが「英才教育」だと私はよく言っているんですよ。

技術を上げる手段と長続きする秘訣

小学校にも野球部はあったのですが、4年生の3学期にならないと入部できませんでした。だからそれまでは地区の少年野球チームをいくつか掛け持ちして、休み無しで毎日野球をやっていましたね。とにかく野球が好きでしたし、誰かに見せるということも技術を上げる一つの手段だと思ったので、それは小さい時から意識をしていました。そしてチームに入ることによって周りの人に負けたくないという気持ちでがんばれますし、私は大人や先輩のプレイを見て「カッコイイな」と思ったものはマネをするようにしていました。学ぶということはマネをすることだと思うんです。ですから選手のみんなも、好きなプロ野球選手をみつけてマネをしてみてください。ただしアメリカの選手は日本人とは骨格が違うのでマネはできません。日本の選手をマネしてみてください。

それから、野球を長く続けて行くには、自分が思うように投げたり打ったりできることが大事だと思います。それができないと楽しくないじゃないですか。私は野球を楽しいと感じる時期がかなり早かったので、こんなに長続きしたのでしょうね。

プロ野球選手への第一歩

Img_shinozuka400300_1野球部に入って1年目、小学5年生の時に私の人生にとって大きな出来事が起こりました。私がプロ野球選手を目指すことになったきっかけです。それは当時の野球部の監督に「おまえはプロ野球選手になれる」と言われたこと。そこから意識が大きく変わりました。

それまではプロ野球選手になることなんてまったく考えてもいなくて、ただ野球が好きだからやっていたのですが、その言葉を聞いてからというもの自分はプロ野球選手になるんだという意識を持って野球をするようになりました。監督だけではなく、周りの大人から褒められることも素直に嬉しかったですね。

ですから子どもにとって、大人の言葉って大事だなあと思いますよ。その言葉ですっかりその気になったのですから。でもそこで安心すると成長は止まってしまいます。大人のパワーやきれいな打ち方、投げ方を見て、よりいっそう吸収しようと考えるようになりました。

例えば速いボールを打つためのタイミングの取り方は、大人に混じってやることによって自然に身についていきました。それはピッチャーとバッターを同時に見るのですが、きちんとタイミングの合っている人は、余分な動きが入らず打つ準備がきちんとできているんです。そういうことを子どもの頃から観察して、自分にも取り入れようとしていましたね。

それに「どうすればもっとヒットが打てるか」ということも考えて、土手に向かってノックをする練習をしました。子どもの時は「一人でできる練習」くらいに考えていたのですが、のちのちこれがバッティングに活かされていると気づきました。もちろん教わることも大事なのですが、自分の目で見て感じ工夫をして練習をすることは、上達も早いですし身についた後も忘れないと思います。

夢の実現は自分を信じること

プロ野球選手になるという目標ができてからは、野球の上手さで目立たなくてはいけないと思いました。そして甲子園に出てプロのスカウトに認めてもらうことが必要だと思い、甲子園に行ける学校を選びました。結果的には甲子園に出場し優勝。ここまで夢に向かって上ってこられたのは「自分が1番上手いんだ」と思ってやること、でもそれはおごりではなくそういう意識を持ってやるからこそ、その思いに相応する努力を続けてこられたのだと思います。みなさんもまずは、自分を信じてみてください。そして信じることをあきらめず続けてください。

これからの野球を担う少年少女へ

「捕って投げる」ことに自信を持ってほしいと思います。それは「守備」に自信を持つということです。これからの野球は守れないとゲームに出る確率が低くなるでしょうね。バッティングは調子が悪い時があってもその時どきで直していけば、いつでも上手になる可能性があるんです。でも守備はある程度自信を持ってやらないと上手にならないし、スランプがないのでその時どきに直す必要がないんです。ですから早いうちに守備が上手くなって自信をつけるようにと、小学生には言っているんです。

そのためには、自分がどのようにボールを捕ってどのような姿勢で投げているのかを知る必要があるので、守備をしている姿をビデオに取ってもらって見るといいですね。そこでお父さんお母さんと一緒に「肘が下がっているな」とか話し合って、またしばらくしたら撮って見てみる、というのを繰り返すといいでしょう。これは守備だけではなく、バッティングにも効果があると思います。できるだけ早く癖のないきれいなフォームを身につけることが大事なので今すぐにでも取り組んでほしいですし、小学校低学年だからまだ早いと思わず、小さい頃からぜひ始めてください。指導者も小学1年生からきちんと見て教えるというシステムを作ってほしいと思います。それが先ほどお話した野球が楽しくなるために必要なことです。

小さい時から上手くなろうという意識を持つ、それによってセンスが磨かれますから誰にでもチャンスはありますよ!まずは基本のキャッチボールが上手くできるようになってください!今、できなくてもキャッチボールが上手くなれば、バッティングや守備も上達しますよ。

【取材・文】金木有香
【運営】ベースボールコミュニケーション(BBC)

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